目的は売上じゃない!
オウンドメディアの「新しい姿」とは?
2020年10月のローンチ以降、『IDEAS(アイディアズ)』に注目が集まっています。ユナイテッドアローズが立ち上げたメンズ向けオウンドメディアは、内容の濃さやメッセージの一貫性がずば抜けているのです。商品への誘導もごくさりげない。このメディアは誰に向けてどんな目的で立ち上げられ、何をゴールに設定しているのか。企業はどうすればこんなメディアを運営することができるのか。その秘密を探るべく、企画したユナイテッドアローズの松本真哉さん(写真/中)とコンテンツを統括しているコンタクトの川島拓人さん(写真/左)に、Pomalo代表の高橋崇之が伺いました。
※撮影時のみマスクを外して撮影
高橋「世の中のオウンドメディアのほとんどが“売らんかな”を目的としている中、『IDEAS』の振り切れている感じを目にして、どういうプロセスでこのメディアが成り立っているのかを伺いたいと思いました」
松本さん(以下敬称略)「元々はオウンドメディアありきではなく、問題解決の一環で立ち上がったんです。メンズにおいて、“ユナイテッドアローズ=スーツ屋さん”というイメージをお持ちの方も少なくないと思うのですが、コロナ以前からスーツの必然性というのは年々低下していて、そのイメージでブランドを牽引することに限界を感じていました。そこで改めてユナイテッドアローズのお客様がこのブランドに期待しているものはなんだろう?と考えたとき、「クラス感」がキーワードだと定義したんです。じゃあこれをどうやって醸成していくかと模索する中で、ゴールとして今まで服偏重だったブランドイメージから「ライフスタイルIQを上げていこう」と。それだけで同じ商品が違って見えるし、それが実現すれば顧客だけでなく社員のエンゲージメントも高まると考えました」
川島さん(以下敬称略)「そんな想いとともに、手法も含めて考えてほしいと松本さんから依頼を受けたんです。だからオウンドメディアじゃなくてもよかったのですが、僕自身ユナイテッドアローズさんとは5、6年お付き合いしてきてブランドのこともよく知っているつもりでしたし、正直、他の国内のセレクトショップが“オウンドメディア”として掲げているものがECサイトやECサイトの延長戦上にあるものであったり……“伝えること”よりも“売ること”を全ての記事で優先してしまうことで、セレクトショップの差異がないと思っていました。だから松本さんからの“ユナイテッドアローズとして”の取り組みであること、そして個人的に考えるアパレル企業の理想的なオウンドメディアの姿が一致した取り組みになるのではないのかなと思いました。定期的に配信できる、蓄積される、何度も訪れられる、理由があるから安心して商品にアクセスできる、というユナイテッドアローズの特性とオウンドメディアのフォーマットを生かすことを考えていました」
高橋「でもこの“売らないメディア”を、社内で通すのは大変だったのでは?」
松本「正直その問題は解決に至ってはいないのですが(笑)、ブランディングみたいなものって、ランニングコストだと思ってやるしかない面があるんですよ。売り上げに直接返ってくる方法を考えようとすると、直接返ってくる技しか使えなくなりますから。社内には単体で利益の出ていないパートは正直他にもいくつかあります。それでも続けられるのは何かというと、みんなが愛しているかどうか。理屈じゃないところがあるんです。実際このIDEASが続けられているのは、会長の重松がふらっと会社に来たときに突然IDEASのことを“あれいいね、ああいうのをどんどんやらなきゃ”と言ってくれて。それはたまたまトップの人でしたけど、相手が一人ひとりの読者であっても同じことだと思います」
高橋「トップダウンっていうのも大事ですし、作り手が愛情を持っているということも大きいですよね。でもオウンドメディアをやっていると、“売りにつながらない”みたいな不満もやっぱり出ます」
松本「特にオンラインのメディアは数字が出ちゃいますからね。でもそろそろみんな、この環境に慣れるべきだと思います。わかりやすい数字に踊らされることなく自分たちの発信すべきメッセージに集中しないと。僕は結局オウンドメディアであっても、メディアである以上、読み手一人ひとりがその情報に触れている時間が最高であることが最も重要だと思っています。まあそれも川島さんとの信頼関係あってのことで、他の制作会社さんだったら“商品動いてない”って文句を言ってたかもしれないけど(笑)」
川島「幸せなことだと思っています。とにかく『売りたいんです!』ということであれば、当然アプローチも変わっていたのでしょうが、個人的には、衣・食・住とあるように、“ファッション”というジャンルはそこだけにとどまることではないと思っています。食べる時も、ソファに座る時も本を読む時も何かしらの洋服を身につけることが多いわけで、そういう視点を持って、洋服の向こう側にある生活感をメディアと発信できる楽しさがあります」
松本「服をデザイナーに依頼するのと同じで、編集者を選んだ時点でもう大方決まっているんです。このメディアも、川島さんにお願いしている時点で決まったようなもの。だから自分とはちょっと違うなと思うことがあっても、“川島さんが選んでいるっていうことはこれでいいんだな”と」
高橋「そこまで信頼されると、この方向性でいいのか、と不安になることはありませんか?」
川島「記事の最後に8つのアイテムに落とし込むので、そこにキレイにつながるストーリーにするにはどうすればいいか、という視点で考えることが2割くらい(笑)。残りの8割は、社内のスタッフや友人などと会話している時によく耳にする言葉がきっかけになったり、自分が今感じていることを伝えたい、っていう強い想いから松本さんに提案していますね」
高橋「読者としてはどういう方をイメージしているんですか?」
松本「一番のターゲットは、“やや離反したお客様”ですね。ユナイテッドアローズに対して、“イメージは全然いいんだけど、そういえば最近買う機会減っちゃったね”っていう方。そういう人に“ああ、やっぱりイメージ良いね”って思って戻って来てほしい。その人には同業他社の方や社員も含まれています。最初のサラダの記事はまさに、そういう方々の反応が異様に良かったんです。それで1回目ですぐ、この記事に期待されているムードが見えた」
川島「あれは面白い現象でしたね。決して難しいレシピでもないですし、クックパッドにも似たようなサラダはたくさん載っているはずなのに、ユナイテッドアローズというフィルターを通すことで“朝パパっとサラダを作れる男性ってなんかかっこいいですよね”っていう提案に反応してもらえるのは、付加価値創造ですよね」
高橋「そのターゲティングは新鮮です。ほとんどの企業はオウンドメディアで新規顧客の取り込みを目指したい企業が多いですから」
松本「ターゲットのペルソナを整理するのも大事だけど、それよりもメディアのキャラクターを明確にする方が重要じゃないかと僕は思うんですよ。メディアに強いキャラクターがあれば、ターゲットごとに小手先で変化をつけなくても、それはたくさんの人のもとに届くメッセージになるんじゃないか、と」
高橋「ではこの先、どういった方向にもっていきたいというヴィジョンは?」
松本「さっきの話と逆にも聞こえるんですが、読者の方から “記事に出ているものを買いたい”、“記事に出ていることを体験したい”という声が大変多く出ているんです。それに応えるという意味で、商品への紐付けや情報を体験できる店頭イベントだとか、商品を強化していきたいと思っています。その時にはユナイテッドアローズではなく、もうIDEASというブランドがメディアを飛び出したようなことになってもいいんじゃないかなと」
川島「今は伝えるためのプラットフォームが増え、メディア=紙、メディア=ウェブサイトということよりも、バーチャルとフィジカルを“どう跨ぐか”、“どう越境するか”して、きちんと伝えられるだろうと考えるのが面白さだと思うので、IDEASというメディアがブランドになってもいいですし、逆に海外ではTシャツを作り始めて、それがいつの間にかメディアになるということもありますからね」
高橋「編集者に求められるものも変わってきていますよね。でもその変化に対応できずに、編集=“雑誌をつくること”みたいな、アウトプット手法の発想から抜け出せない人が結構多い」
川島「弊社に応募してくる人も、雑誌をつくりたいという理由が80%です。でも僕たちはできるだけ広義的に編集を捉えたいし、世の中をそういう認識に変えることが使命だと感じています。僕の考える編集者とは、“届けたいメッセージを、どうやって届けるのかを考える人”。それを成立させるためには、クライアントと編集者の関係性もものすごく大切です。クライアントと編集者は、あくまで“ブランドのことをよく知っている人”と“コミュニケーションのことをよく知っている人”という、対等の関係で一緒にゴールを追いかけられる環境でなくては、なかなかいいものってできない気がしています」
松本「僕は依頼する側の技術も大事だと思いますね。情報を全部伝えればいいというわけでもなく、あえて絞ることで編集者から“引き出す”作業もとても重要。特に最初のコミュニケーションが、そのメディアの成否を決めると思います」
高橋「そこまで編集者への伝え方を意識しているクライアントは珍しいです」
松本「いや、これまで何十社というプロダクションと付き合ってきて、高いフィーを払ったのにイメージと全然違うものが上がってきたり、自分でラフ描いたり、いっぱい失敗して今に至るんです(笑)」
川島「発注の仕方もそうですけど、松本さんは、スタッフの中で“編集者がキーなんだ”という認識を持っていることが大きいですね。先ほども言いましたが今は伝えるツールが溢れるほどあるので、編集者というクッションをうまく機能させ、ここではこれ、こっちではこれのような役割を設け、マスコミュニケーションとはまた異なる、きちんと正確に伝える方法を考え、考えられる人と一緒に作ることが求められてくるように思います」
松本「確かにうちも、以前はメディアなり何なりをつくるのに、スタイリストさんやカメラマンさんから決めていたことの方が多かったかもしれません。でも川島さんが登場してからは(笑)、まず編集者にお願いをして、ページのイメージを考えてから他のスタッフを決めるという流れができましたね。結局誰に頼むかということが重要ではあるんですが、川島さんは意見しづらいこともビシッと言ってくれる。必ず責任を持って最適なものに落としてくれるんです」
川島「最終的には伝わるか、伝わらないか……だと思っています。伝えるためには、どれだけ“自分ごと化”できるか、も重要だと思います。僕の場合、IDEASは僕自身の価値観や美意識をダイレクトに反映させられるメディアですが、コンテンツが自分と直結する媒体でなくても、こういう仕組みを作ったら面白いかなとか、自分ごと化できるポイントは必ずあるはず」
松本「発注者としても、誰に依頼するかを考える段階で、“最も自分ごと化できそうな人”を選ぶのが成功のカギのひとつだと思うんですが、裏を返せば、編集者さん側も“私に任せるとこうなりますよ”っていうキャラクターをはっきり持っていることが大事なんじゃないでしょうか」
高橋「編集者として明確な自分らしさを持つこと、受けた仕事を自分ごと化すること。すごく心に響くキーワードですね。ありがとうございました」
松本真哉/Shinya Matsumoto
1976年生まれ。ユナイテッドアローズ執行役員兼チーフクリエイティブオフィサー。1996年にユナイテッドアローズ入社後、ユナイテッドアローズ渋谷店や有楽町店、原宿ブルーレーベルストアの販売スタッフを経て、2002年より商品部に異動。バイヤーやデザイナーを経験した後、ビューティ&ユースのメンズファッションディレクター、クリエイティブディレクターを経て現職。2019年より執行役員。
川島拓人/Takuto Kawashima
1986年生まれ。アメリカ・ボストンの大学を卒業後、編集プロダクションEATer(イーター)に入社。『HUgE(ヒュージ)』編集部を経てフリーの編集者に。2015年、編集プロダクションkontakt(コンタクト)を神田春樹と設立。17年に関係性をテーマにしたインタビュー誌『PARTNERS(パートナーズ)』を出版する。国内外の雑誌編集の他、ファッションブランドをはじめ、アーティストのコミュニケーションディレクションまでも行っている。
高橋崇之/Shuji Takahashi
1981年生まれ。2006年よりインターネットビジネスに関わり、 ファッションは2008年から広告を中心に関わる。エルメス、ZARAなどコミュニケーションやデジタル戦略を手掛ける。アプリベンチャーやEC支援企業の部門長を歴任後、2016年にPomalo株式会社を創業。出版社や百貨店、大手企業のDXプロジェクトの支援や、一般社団法人「日本編集制作協会」理事として編集業界の活性化に取り組む。
取材&文/吉野ユリ子