”人づて”が呼ぶ仕事術
私が飲食店PRをしたり、
小学校で編集を教える理由
出版社を経て、現在フリーランスの編集者として、ジャンルや仕事内容にとらわれず様々な仕事にチャレンジしている小林由佳さん。小林さんの仕事は幅が広い。ディレクション仕事はもちろんのこと、飲食店のPRをしたり、小学校で編集のノウハウを教えたり……。でもそれは、“人づて”が招いた結果に過ぎないとか。そして、彼女を突き動かすのは、純粋なまでに編集の仕事を楽しみ、編集を愛する姿でした。
── まずは、小林さんのご経歴を教えてください。
「大学卒業後に『週刊ゴルフダイジェスト』編集部に入社しました。ゴルフに興味はなく、ただ雑誌編集者になりたい一心で(笑)。入社後もゴルフ好きになれないまま2年が過ぎた頃、たまたま撮影中のカメラマンとの会話で、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)から新雑誌が創刊すると知ったんです。その時点ではもう中途募集は終わっていたんですが、ダメ元で新雑誌編集長に電話して直談判。それが『トランタン』(現在は休刊)というファッション誌でした。それから8年間、カルチャー、グルメ、インテリアや美容の企画を担当していました。でも出産を機に校正部署に転属になり……。これを他社の編集者に愚痴ったら、「会社辞めて来月ライターでキューバに行かない?」と。これは辞め時だと思い、辞表を出して有給消化でキューバ取材に行き、帰国後からフリーランスになりました(笑)」
── “辞め時”の捉え方がユニークです(笑)。
「その後フリーで少し仕事をして、ウエブマガジン『OPENERS』の編集部に転職、2006年に退職してからフリーランスの編集者として本腰を入れました」
── 小林さんがフリーランスになられてから、携わったお仕事が興味深いです。事前にいただいた資料を拝見すると、カルチャーやビジネス系のウェブマガジンの記事作成をはじめ、企業の新聞広告や百貨店カタログなどの媒体制作、制作会社の編集者育成、コンペ用のプレゼン企画提案、飲食店のPR担当、海外企業の資料翻訳のリライト、書籍ライター、小学校で編集を教える授業をするなど、お仕事の幅が広い。こうした依頼はどういう経緯でくるのでしょうか。
「雑誌編集者だった頃、仕事で色々な業界の人と知り合いました。でもそれは、会社の肩書きがあるから会ってくれるんです。だから、知り合ってからは個人として認知してもらえるよう、“丁寧なお付き合い”に努めました。そのせいか、退職後すぐ仕事の打診をいただけるようになり、◯◯さんに紹介されて、というのも多かったです」
── 人づてで広がっていくようなイメージですか?
「はい。私は、企画力や文章力があるとか、雑学に強いとかって、編集者なら当然だと思うんです。それよりも、人に対する敬意や礼節、現場での立居振る舞いの方が大事。例えば、撮影現場のディレクターって、口だけで動かない人多いじゃないですか。でも私は、その時任された仕事がディレクターでもライターでも、外注スタッフのアシスタントの雑務まで手伝います。現場で自分の担当以外にも手伝えることは何でもするから、いつも現場で一番動いてる人になる。これには自信がある(笑)。そういう私の動き方は、色々な編集者と仕事をする方ほど気づいて下さって、初対面でもすぐ信頼を寄せてくれます。だから、新しいクライアントにも紹介いただけるんだと思うんです。毎回新しい案件で、会社の肩書きもない自分は、常に“どこの馬の骨だ”という印象からのスタートだと、肝に銘じています。そこから信頼を得るためには、編集者として求められる要素以上のアクションが必要だと思うんです。人との繋がりを大切にしようとすると、面倒臭いことも沢山ありますが、結局それが次の仕事に繋がっています」
── 具体的なお仕事の話を伺いたいのですが、先ほど挙げたお仕事の中で、飲食店のPRというのはどういったお仕事なのでしょうか?
「2019年にオープンした西麻布のビストロ『マ・キュイジーヌ』のPRを一任しています。これもまた人づての紹介で(笑)。飲食店PRの要となるSNS発信って、料理や食材を載せるだけがほとんどですが、見る側がいつも空腹で見るとは限らない、つまり見る側の事情で印象も変わると思うんです。そこで、店からの発信に常に興味を抱いてもらえるよう、雑誌仕立てにしました。料理をメインに、シェフをいじる悪ふざけネタや、店内の発見をイラストで描いたり。コロナ渦で来店を誘導しにくい昨今は、まかない飯を題材にした企画も始めました。単に“美味しいから来て!”というより、読み物としての面白さや連載性を大切に投稿し続けたことで、常連客にはより親近感を抱いていただけるようになり、“SNSを見て”という新規客も増えました。でもこれ、そもそも同業者に料理店のPRの可能性を見て欲しかったんです。その結果、この投稿を見た他店からPRの依頼も請けました」
── 人づてとはいえ、シェフとは初対面です。“どこの馬の骨”は、どう入りこんでいったのですか?
「一杯誘って、とにかく彼の話を聞き、私の話もする。信頼を得るためには相手を理解して自分もさらけ出す、もうそれしかないですよ(笑)。私は人見知りだし営業もしませんが、やってみたいと思った仕事には恥を恐れず挑戦します。以前、スペインで開催される「サン・セバスチャン・ガストロノミカ」という料理学会に、日本の有名シェフチームが招待されたことがありました。スペイン在住の妹がそのコーディネーターをすると聞いたので、どうしても姉妹で一緒に仕事したくて。そこで、職務履歴書と熱意を綴ったお手紙入りの封筒を持って、日本の事務局に売り込みに行きました。ダメもとだから全然期待してなかったけど、結局行けることになって(笑)」
── すごい(笑)! どういう役割で参加したんですか?
「日本チームの広報担当という肩書きが生まれました(笑)。本当にやってみたいと思ったら、泥臭いことやっていますね。昭和のやり方だし、渡した資料がゴミ箱直行だって十分あり得る。でも少なくとも熱意は伝わると思います」
── 制作会社から依頼されるプレゼン企画提案というのは?
「これも紹介された仕事がきっかけなんですが(笑)、初めはカタログの台割を依頼されたんです。社内でいつも作ってる人が出来なくなった、みたいな感じで。それを2回くらい請け負っていたら 、“ 今度コンペがあるのに、チームにプレゼンが上手な人がいない ” と。それで、やりますよーと」
── プレゼン要員としてだけ、コンペに参加したのですか?
「そうです。結局企画から作りましたが(笑)。コンペに出る競合他社が、エビデンスの資料や数字を多用することは知っていました。だから彼らと真逆で行こうと考えて、与えられたプレゼン時間の間にできるだけクライアントを面白がらせようと考えました。4コマ漫画みたいなシンプルな展開で、その企画からの枝葉も予見できるような。で、結局勝ったんですが、プレゼン費だけもらって制作には参加しませんでした(笑)。その会社には既存の制作チームがあり、OKの出た企画書があるから後は誰でも作れる。外注の私を使わなければ経費も浮くのに、自分のアイデアだからとしがみつくのは嫌で(笑)」
── 特殊な関わり方です(笑)。「小学校で編集を教える」というのも気になります。
「先程お話しした、PRを手伝っている『マ・キュイジーヌ』が、徳島県の金時豚というブランドポークを使っていて、年に数回、シェフが養豚場のオーナーに会いに行くんです。一昨年初めてそれに同行した時、その養豚場オーナーから紹介された地元小学校の校長先生が、“料理人とはどういう職業か、子どもたちに話してくれ”とシェフに頼まれたんです。で、ついでに私の「編集者」という仕事についても子供たちに話してくれと。何の用意もなく持ち時間は30分。最初のきっかけは、単なるとばっちりです(笑)」
── ある種、また人づてですね(笑)。
「本当に困りました(笑)。ただ、小学6年生にいきなり編集業務を説明しても面白くないので、私たちの仕事の根本である、“伝える”ことと“伝わる”ことの違いを話しました。作文を書くにしても、みんなの前で発表するにしても、一方的に“伝える”のではなく、相手の理解を得るために“伝わる”ものを作るには、どうしたらいいかという話。子どもたちに喜ばれたのは幸いでしたが、先生方にもウケたようで、今年は他の小学校からもzoom授業を依頼されました。私なんかでいいの?と思ってますけど(笑)」
── 子供たちや先生に“伝わった”んですね。伝わることが、編集者の仕事の醍醐味なんでしょうか?
「醍醐味って言うほどでは(笑)、媒体制作にしても文章書きにしても、私にとっての編集とは、単に“伝える”ためのテクニックではなく、そのテクニックをどう使うかの感性が問われるスキルかなと。それが上手くできて、成果物を見た人の反応で “伝わった”と実感できたら嬉しい、ただそれだけです。上手く伝えられない人のために、自分のスキルが役立つのも嬉しい。だって、自分の作ったもので人の心を動かせるんですよ? もちろん稼ぐことが第一だし、制作期間は毎回死にそうですが(笑)。料理人が美味しい料理で人を笑顔にさせられるように、編集のスキルがあれば、媒体を問わず自分の発想を形にできて、それで人の心を動かせる。編集って面白い職業だなって思うんです」
小林由佳/Yuka Kobayashi
こばやしゆか■1995年に現・ハースト婦人画報社入社。女性ファッション誌『La Vie de 30 ans』にて食・旅・コスメ・インテリア・伝統などのジャンルを十数年担当。その後、現・株式会社スマートメディアWebマガジン『OPENERS』編集部にて、コスメ・食・アーティストインタビューを担当。2006年よりフリーランスとして独立。
[編集後記]
今回紹介したのは、あくまで小林さんの仕事の一部に過ぎない。小林さんの仕事は、人づてが人づてを呼んでいくというものばかりだった。真摯に編集という仕事について向き合い、「伝わるって楽しい」、そう明るく話す姿は、なんだか人に伝えたくなり、人づてが仕事を呼ぶ意味もわかった気がした。純粋なまでに編集の仕事を愛し楽しんでいるからこそ、どんなジャンルの仕事にも臆することなくチャレンジできるのだろう。日々の仕事に忙殺され、おざなりにしがちな編集者の本質を気付かされたのであった。