編集者視点で考える、
オウンドメディアに必要とされる編集者とは

元『GINZA』編集長、『Rakuten Fashion』エグゼクティブファッションクリエイティブディレクター 中島敏子さんが語る オウンドメディアに必要とされる編集者とは

2011年に『GINZA』編集長に就任するなり、一大ムーブメントを巻き起こした編集者・中島敏子さん。現在はフリーランスで様々なプロジェクトに携わる中、やはり気になるのは、外部編集者として携わる「Rakuten Fashion」のこと。終始穏やかな口調で編集者としての経歴、そして今回のメインテーマでもある、オウンドメディアとの関わり方・向き合い方、大切にすべきことを話してくださいました。

“ひとり編プロ”で鍛えられたプロデュース力

── まずは、中島さんのご経歴を教えていただけますか。

「長いですよ(笑)。新卒でリクルートに入社して、『週間住宅情報』っていう電話帳みたいに分厚い雑誌の巻頭の編集ページの制作を3年弱やっていました。私リクルートのことをよくわからないまま出版社だと思って入社して、人事のひとに「編集やりたいです」と伝えたら、「あなた何言ってるの? ここは営業の会社よ」って(笑)。『週間住宅情報』編集部にいた3年は、私の黒歴史であり、ひとつめの基礎。リクルートがものすごく激しい時期で色々とスゴかった。でもその経験と苦労があるから、なにも怖くないんです」

── 当時は、ゴリゴリの体育会系のイメージがあります。

「ものすごく体育会系で、それでいて“数字の会社”。営業成績のグラフが社内の壁に貼られていたり、館内放送で「◯◯さん営業成績達成です」のアナウンスが流れるような恐ろしい世界でした(笑)。だから、こう見えて数字には敏感なんです」

── その暗黒の3年を乗り切り(笑)、マガジンハウスへ入社されるんですね。

「中途でマガジンハウスに入社し、最初は『BRUTUS』、その後は『Tarzan』、『relax』などを経て、カスタム出版部(現クリエイティブスタジオ)という部署に配属されます。そこが私の第二の基礎となったところで、ひとりで企業へプレゼンしに行き、ひとりで仕事を取ってくるような、“ひとり編プロ”のような部署でした。そこでプレゼン力が鍛えられた」

── まさに、プロデューサーのような仕事ですね。

「決められた予算の中で見積もりを出し、インフラ、スタッフィング、コンテンツを考え、毎回体裁の違う本を作っていました。セレクトショップ『BEAMS(ビームス)』の30周年を記念した季刊雑誌『B』を制作した際は、ビームス社内に編集部を置かしてもらい、そこに毎日出社してました。ビームスの洋服ですべてつくるんですから、プレスルームのそばにいたほうがラクなんですよね。校正さんやデザイナーさんもそこに毎日来てもらいました。ものすごく理解のあるクライアントで、とことん入り込むオウンドメディアの形の先駆け。あとは、自衛隊の雑誌を3〜4冊作ったりしたのもおもしろかったですね。普通の雑誌編集者とは少し違う、独特の働き方をしてました」

── そのあと、『GINZA』編集長に?

「はい、本当にある日突然。女性誌なんて今まで経験してきてないのに。この人事にマガジンハウスが揺れてました(笑)。役員が思いついっちゃたんでしょうね。2011年から2018年まで編集長を務め、そのあと会社も辞めました。『GINZA』をやりきった感があったので」

── 2018年に辞められてからフリーランスで?

「そうですね。それから2019年に楽天から声をかけていただきました。楽天にいた方が『GINZA』のファンで、しかも私と同じアロママッサージに通っていたご縁で(笑)」

── 「Rakuten Fashion」では、エグゼクティブファッションクリエイティブディレクターという肩書きですが、主にどんなお仕事をされているのでしょうか?

「就任した当時から、「Rakuten Fashion」は存在していたものの、「楽天市場」との違いがわからなくて、今では想像できないくらいダサかった。ブランディングしていかなければ、いいブランドも入ってこない。まず、わかりやすくやったことは、私が『GINZA』をやっていた頃のスタッフで、『RF mag.』というファッションコンテンツをつくりました。このコンテンツをつくる労力は4割くらいで、あとはサイト周辺のこと。たとえば、正方形・長方形の画像を統一したり、バナーのレギュレーションを作ったりしました。小さなことを整備したというのが大半。そこをトータルでちゃんと見ている人がいなかったんです」

── 小さなこと、細かいことを改善して、大きく仕上げている。

「もう、本当にずっとサイト内の商品を丸一日見ていることもあります。それで言うと、一番気になったのは、“ささげ”画像(※編集部注:撮影(さつえい)・採寸(さいすん)・原稿(げんこう)作成の頭文字をとった略称で、ECサイトで販売する商品の情報制作業務)でした。商品詳細のページがダサい……ささげの改善をしましょう、と。モデル事務所からワーっとモデルリストをもらったら、本人のインスタアカウントも全部チェックしてから選ぶ。ポージングに対しても「とにかくモデルっぽい動きは絶対するな!」って(笑)。写真をセレクトする現場の人にも、「こういう写真を選んでください、こういう写真を撮ってください」と伝えました。そういう小さなことをコツコツとやって、まだ全部ではないけれど、少しずつ改善されていきました。最近の『RF mag.』では、今までと形式を変えて、そんなささげ画像にイラストを入れて、撮り下ろし写真の記事と遜色ないコンテンツをつくったりもしています」

中島さんが手掛けた『RF mag.』の一部。#33の猫特集は大好評だったそうだ。(3月31日現在)

中島さんが手掛けた『RF mag.』の一部。#33の猫特集は大好評だったそうだ。(3月31日現在)

── そんな『RF mag.』をつくる上で、こだわったポイントなどを教えてください。

「バランス。ひたすらバランス。ちょっとでも映える商品を出したい。でも、実際にリースでプレスルームに行っても、タイムラグで置かれていないこともある。その限られた商品の中でも、やりすぎず、でもツイストを効かせた商品セレクトをしたり。スタイリストを含め、クリエイター側が理解者でいてくれるので安心ですね。掲載した商品が売れたら、スタイリストも一緒に喜んでくれる。クライアントも含め、チームになってもらう。その一体感が大事かな。ただ、オウンドメディアってどうしようもできないこともある。商品のこととかシステムのこととか。そうじゃないほうがいいと伝えても、変えられないものもある。その条件の中で、最善のクオリティアップとKPIを考えるのが仕事ですね」

── KPIでいうと、いま中島さんの考える「Rakuten Fashion」における指標はなんでしょうか。

「相反する2つがあって、とにかく商品が売れることと、ブランディング。コンテンツを作って、コンテンツごとの数字を分析していると、この商品がこんなに売れて、これが売れなかったんだとか肌身でわかってきました。売れるとわかっていても、そればかりじゃやっぱりダメで。あえてブランディングのために載せるべきアイテムもある。毎回、その綱引きって感じですね。でも、最近よさげなブランドがちょこちょこ入ってくるようになってきたんでそれは嬉しいです」

クライアントと一心同体に。“自分ごと”にできるかどうか

── 改めて、外部の編集者が企業のオウンドメディアに携わる中で大切にすべきこととはなんでしょうか。

「いかに“自分ごと”にできるかどうかだと思います。お仕事だけど、気分的に突っ込んでいっちゃう。クライアントと一心同体になればなるほど、パフォーマンスは上がると思うんですね。例えば、発注されてもこの仕事は、今この会社には不要だと思ったら中止してもらいます。その分、別のことに使ったほうがいいから。無駄だと思うコスト管理みたいなことを含めて、オウンドメディアを考えていったほうがいい。基本的に、オウンドメディアは企業のものだから利益を求める。そこは本当に雑誌とは全然違うし、出版社が追求する利益とは異なる質のものです。利益向上に敏感になり、正しい利益向上の提案ができることも大切ですね」

── 編集者はどうしてもクリエイティブに走ったり、ビジネスサイドの感覚が弱かったりします。

「私はマガジンハウスのカスタム出版部で叩き込まれてる(笑)。それも自分ごとにして、楽しむことですよね。あと、企業はどうしても自分たちのことしか考えていないときもあるので、企業とユーザー、読者との距離を縮めてあげる。そういうことも含めて、編集者に発注していると思うんです。編集者は読者のことを知っているという大前提で。常に読者に届けるのが最終形だから。私は、最終的なゴールは企業側ではなく、ちゃんと人々に伝わるかのほうを大事にしたいと思っています」

── 距離を縮められるというお話ですが、中島さんの考える編集者の魅力や強みは、他にどうお考えですか?

「なんでも打ち返せることじゃないでしょうか。素材を咀嚼して、キレイに形取って、最終的には読む人に向けて、サーブする。それが、編集者の一番面白いところではないでしょうか」

── 編集者がこれからの時代に生き残っていくために必要なものとか、求められているものはどうお考えですか。

「高い目線で考えること。とはいっても、コロナなので。いまは新型コロナありきで考える必要がありますね。つい自分がやっていることに、ガーッて没入するし、面白くて視野が狭くなりがちだけど、世の中の動きは今すごく早い。同じことをやっていても、絶対ズレてきちゃう。年齢、細かな趣味嗜好、どんどん細分化されてきているなかで、いちいち突っ込む必要はないけれど、情報は知っておかなきゃいけない。編集者は、変に隔離されたところにいないで、常に表でさらされていたほうがいいと思うんです。編集者という職業に限っては、絶対に風にさらされてないとダメ」

Profile

中島敏子

中島敏子/Toshiko Nakashima
なかしまとしこ■東京都出身。マガジンハウスに中途入社後、『BRUTUS』、『Tarzan』、『relax』副編集長、カスタム出版部(現クリエイティブスタジオ)などを経て2011年『GINZA』編集長に就任。2018年独立、現在はフリーでプロデュース&編集ほか。「Rakuten Fashion」では、エグゼクティブファッションクリエイティブディレクターを務める。

[編集部後記]

あの『GINZA』を作りあげた中島敏子さんご本人と向きあい、感じ取った一番の凄みは、僭越ながらビジネスプロデューサーとしての目線だった。ご本人も仰っていたが、リクルートとカスタム出版部で鍛え上げられたプロデュース能力が、中島さんの根底にあるのは言葉の節節から感じ取ることができた。クライアントに寄せすぎてもダメだし、読者に偏ってもダメ。両者に向き合い、両者の距離を縮める。プロデューサーとしての目線を携えているからこそ、わかっていても難しいこの距離を、軽やかに詰められるのかもしれない。また、本文では割愛したが、中島さんはこうも言った。「言い過ぎかもしれないけど、ネットやSNSの流行はだいたい知ってますよ」。機微に敏感で、新しいことにもチャレンジしていく。取材チームが誰ひとり知らなかった招待制アプリを操りながら微笑む姿は、実に印象的だった。

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